情熱について考える

「情熱について考える」自分は毎日のようにビジネスがサクセスしてきた人たちのインタビュー動画をYouTubeで見ている。英語の練習のために見始めたんだけど、彼らの言葉はいつだって深くて適切で、哲学と理念に満ちていて本当に含蓄がある。あんまり聞き取れないけどインスパイは十分に受けることが出来て最高だ。それに英語も少しつづ上達する。

彼らの多くは、決まっていつも「情熱をもて」と言う。「一過性の情熱は無意味だ、持続できる情熱だけがビジネスになる」これはアリババを創業したジャックマー、その人の言葉である。この際、情熱について考えてみようと思った。情熱ってなんだろう。どういう気持ちのことを情熱って言うんだろう。情が熱する。言葉の意味だけ捉えれば、情熱という言葉はなんとも熱く燃えるような様に感じる。

最近自分は、自分なりの情熱について持論を持ち始めた。自分にとって情熱とは「末長く寄り添っていけるような暖かな愛情」みたいなものなのではないかなと思う。自分は弱い人間なため、燃えるような競争心みたいなものを、自分の中で掻き立てると、「何かで成功しよう」とか「誰かよりも上に行こう」とか、そういう邪悪な心が湧き上がってくるのが、すごい嫌だったんだと最近やっと気がついた。なんでこんなことに気がついたのか。これはおそらく自分が察するに、東京特有の競争的な側面や、日本人特有の他人から見た自分を気にしすぎる体質(すみません絶対偏見です、すみません)が少ない北米に来たからだと思う。ダイバーシティが豊かで、みんな適切に好き勝手に生きていて、まあ、説明が難しいけど、環境は本当に人格を形作るなとはつくづく思います。

そしてまとめると、人生はきっと自分が思っている以上に長い道のりで、傷つくことも沢山あるんですから、狂ったような情熱は孫正義さんにもう預け、自分はあくまでも邪悪にならなず、不幸にならず、見返りを求めず、の精神で情熱を末長く維持しようと思いました。