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毎日考える努力をする

「わかる」というのは素晴らしい状態だ。何事に限らず「わかる」というのは非常に素晴らしい状態だ。「わかる」という状態下に置いては、我々は常に自由で、自然で、何処までもいつまでも全力を注ぐことができる。そして我々はきっと多くのことわかりたいと願っている。例えば、こんなことが分かったら人生はきっと素晴らしい方向へ向かう。「自分が好きなことがわかる」「なにをすべきかわかる」「めちゃくちゃお金の稼ぎ方がわかる」「人との接し方がわかる」「外国語が分かる」「数式の意味がわかる」わかる、わかる、わかる、わかる、、、なんて素晴らしいんだろう。

 

「わかる」という状態下に置いては、我々は、むしろ「わからない」なんてことを考えられなくなる。わからないなんてあり得ない、どうして皆んなわからないのかわからない。わからないことがわからない。もちろん、わからない相手の立場に立って物を考えることはできる。でも自分の頭で分かってることを、自分がわからないと過程して考えることは絶対に出来ない。(よくわかりませんか、困ったなあ)エニウェイ、我々は、わかる現象事情に関してはとにかくわかるのである。何処までもクリアに鮮明にわかるのである。未来を見通すことなんか不可能だと世の中では言われているけど、ある人にとっては、きっと未来がわかれば未来を見通すことは可能なのだと思う。それが、わかっているという状態の凄まじさである。

 

でも不思議なんだ。考えれば考えるほどに。何故なら、最初は皆んな何もわからない状態で生まれてくるからである。真っ裸で生まれ落ちたそのとき、周りを包む世界は漠然とそこにあるだけで、自分たちはその瞬間(極端な言い方をすれば)無に等しい存在である。自我なき意識は有であると同時に無であると言っても過言ではない。(何言ってんだろう自分)いつから、うちらは何かをわかるようになったのだろう。そして、いつから我々には、わからないことがあるとわかるようになったのだろう。

 

ある人にはわかることが、自分には全然わからない。そんなことは日常茶飯事だ。どうやったら自分にそれがわかるようになるのか、、、、わからない。MINEKOさん私どうすればいい。

 

月並みだけど、きっと毎日考える努力をすることなんだと思う。毎日毎日寝ても覚めてもクルクルくるくる頭の中で思考を回すこねる。「こんな風にやってみるのはどうだろう」「ああしてみたらどうだろう」「もう一回考えてみよう」ってね。最初は無意味に思えるような努力を、毎日毎日怒らず腐らず続けると、ある日、ある時、突然わかるようになるのだと思う。そしてわかってしまえば、事を成すことはそれ以前に比較して驚くほど簡単に思えてならない。「簡単じゃん、こうすればいいんだよ〜ん」ってイージーモードになる。でも、実はそこに到るまでには一見しただけじゃ見えない数多くの経験が蓄積されているから、他人が真似しても簡単にはできない。自分はそんな風に思う。

 

だから、毎日考えなきゃいけない。昨日わからなかったからって明日またわからないとは限らない。明日まだわからないからって、明後日まで分かっていないかはわからない。毎日考えることをやめなければ、いつかはきっとわかる日が来そうなものである。だって他の多くの人がわかってるんだから。大切なのは、途中でやめないことだけ。

 

町山さんが、人生はまるでショーシャンクの空のようだと言ってたけれど、これは間違いない。時として、我々は冤罪で囚われ狭い檻に閉じ込められ見苦しい思いをすることがある。でも例え檻の中にいて永遠に釈放されそうになくても、穴を掘り続ければいい。1日数時間でも数十分でも、穴を少しづつ掘り続ければいい。そうすればいつか向こう側へ穴は開通するのだから。

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  • この記事を書いた人

藤沢瞭介(Ryosuke Hujisawa)

りょすけと申します。18歳からプログラミングをはじめ、今はフロントエンドでReactを書いたり、AIの勉強を頑張っています。off.tokyoでは、ハイテクやガジェット、それからプログラミングに関する情報まで、エンジニアに役立つ情報を日々発信しています!

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