なぜ学校は行かなきゃいけないの?にマジレスする方法

なぜ学校は行かなきゃいけないのか

僕は思うんですけど、

 

世の中には二種類の人間がいると思うんですよね。

 

独学できる子供と、独学できない子供です。

 

例えば、ホリエモンとかそういう人たちにとっては、学校なんていらないし、新卒採用も意味ないし、

 

勝手に自分で前へ突き進んでいけばいいと思うんだ。

 

しかし、残念ながら世の中には典型的な『頑張れない人』とか『気づけない人』っていうのがいて、

 

ある意味では、

 

世の中の大多数の人々っていうのは『頑張れない人』であり『気づけない人』であり、

 

もっと言えば、本気で頑張ろうと思ってない人が大半っていうか、

 

んー… 心の中では、人生を好転させたいと思ってるけど、

 

結局のところ、無理だろうって心で思ってるから、情熱が湧いてこない人が殆どなわけです。

 

それで、そういう人が中卒でスキルなしだった場合、仕事なんて普通ありますか?って話になるわけで、

 

そういう観点から言えば、学校っていうのは、

 

自分の時間を捧げる代償に、高卒なり大卒の看板という名の、保険みたいな役割を担ってたりすると思う。

 

事実、僕は大学に進学するのは、

 

もし自分の人生が二進も三進も(にっちもさっちも)行かなくなっても、

 

取り敢えず就職するための保険と認識してて、

 

それで、大学に進んだ後にプログラミングを始めたら、

 

プログラミングの勉強を継続するほうが、

 

二進も三進も(にっちもさっちも)行かなくなっても、取り敢えず就職するための保険になるなって思って、

 

大学に通う時間と金が、こっちの方が効率悪いなって思ったので辞めました。

 

僕は基本的には非常に打算的な人間だと思う。

 

まあ、長くなったけど、これが一つ目の理由です。

 

なぜ学校は行かなきゃいけないの?って聞かれたら、

 

「もし君の能力が高くなかったとしても、取り敢えず社会で仕事ができる確率が上がる保険だよ」って回答になります。

 

あと二つくらいあるので続けますけど、

 

もう一つは、抽象的で申し訳ないんだけど、

 

自分が勉強したいことだけ勉強してても、自分の夢は叶えられるのか問題っていうのがあります。

 

というのも、

 

人間の記憶には、「意識記憶」と「潜在記憶」っていうのがあると思ってまして、

 

例えば、

 

歴史で学ぶような、織田信長の歴史や、徳川家康の歴史は、

 

単なる雑学としての記憶に残るだけではなくて、

 

時として、彼らが携えていた思想や哲学を、学校の授業で強制的に学ぶことは、

 

無意識的に自分の中に残ったりするもので、

 

言葉にするのは難しいけれど、

 

全く知らないことと、忘れてるということの間には、月とスッポンくらいの違いがあります。

 

 

語彙力や、論理的思考や、人生経験が、自分が努力せずに自動的にインストールされ、

 

学校で過ごすそれらの時間というのは、全く実利には繋がらない学習行動かもしれないし、

 

自分で前へ進める人には効率悪いかもしれないが、

 

ある意味では、それが教養っていうものになり、

 

自分が苦しい時や、自分が迷った時に、ヒラメキとか根の強さとか、そういう知恵によって、自分の思想になり、哲学になり、自分を助けてくれるかもしれない。

 

別に歴史だけではなくて、

 

数学や、国語や、道徳や、人間関係とかも、むしろ学校に行く方が、安く効率的に学べたりする。

 

だから、

 

小学校と中学校と(まあ後は高校)くらいは、必死に学んでも損しないんじゃないのとか思う。

 

これに関しては抽象的な答えで読んでてて腑に落ちなかったらすみません。

 

最後、

 

もう一つあって、これは僕が高校生の時にスーパーでちょっとバイトした時に、

 

店長から言われた言葉なんですけど、店長はこんな風に言ったんですよ。

 

学校は一度行き始めたら、糸をぶった切るみたいに辞めないほうがいい。やめ癖がついて、何も最後までやり遂げられなくなる、プッツンしちゃう人は社会ではダメなんだよ、プッツンしないために、ちゃんと学校いけよ

 

これは、当時の僕としては高校にちゃんと行き続けるには十分に説得されたわけですが、

 

僕は大学を途中で辞めてしまいました。

 

学校なんて行かなくてもいい人

 

そういう風に考えると、ここまで述べてきたことまとめると、

 

世の中には、二種類の人間がこれまた居るんですよ。

 

それは、学校に行かなくていい人と、行っといたほうがいい人です。

 

人に寄って全然適正が違うと思う。

 

例えばさ、極端な話しだよ、

 

親の立場から考えてみれば、どうして親は子供を学校にちゃんと行かせたいかと問われれば、

 

本質的には、

 

大人になった時、ちゃんとお金稼げる人間になって欲しいからじゃないですか?

 

ちゃんと自立できれば、親はそれで安心して死んでいけるわけです。

 

[st-kaiwa1]「俺らがいなくても、立派に幸せになれる力、身につけろよ」[/st-kaiwa1]

 

っていう、たった一つのメッセージを伝えるために、

 

親は子供を一生懸命育ててるんだと思う。

 

自分の子供が大人になった時、ホームレスになって食えなくなって寂しく凍えながら死んでほしくないわけです。

 

どうせだったら、知識教養身につけて、人並みに稼げて、人並みに人生を謳歌して、それで孫でも作ってくれたら万々歳な訳で、

 

学校でちゃんと学べっていうのは、言い換えれば、「自分の飯くらい自分で稼げるように育て!」っていう意味なわけですよ。

 

だから、

 

例えばロックスターになれるとして、そういう才能が最初から分かってたとして、学校なんか行かなくても金稼げるって分かってるなら、

 

俺は学校なんか行かなくてもいいと思うし、

 

知識も教養も何も身につけなくてもいいと思うし、

 

自分の才能で飯が食えるんなら、もうそれ以上に求めるものは何もないっていうか。

 

別に頭が良くなくたっていいじゃないですか。

 

金が増えるんだから。

 

結論

 

僕からのメッセージとしては、

 

もし、あなたが今子供で、学校に行く意味を考えているならば、

 

学校なんか通わなくても自分で稼げる目処が在るんだったら、そんなものやめればいい。

 

でも、将来への不安だったり、自分のやりたいこともないのならば、

 

取り敢えず大学までちゃんと出ておきなさい。

 

話しはその後でも全然遅くありません。

藤沢瞭介(Ryosuke Hujisawa)
  • りょすけと申します。18歳からプログラミングをはじめ、今はフロントエンドでReactを書いたり、AIの勉強を頑張っています。off.tokyoでは、ハイテクやガジェット、それからプログラミングに関する情報まで、エンジニアに役立つ情報を日々発信しています!

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